食べたい気持ちはあっても、「たくさん食べられない」「食べ始めるとすぐにお腹がいっぱいになる」など、食べ過ぎてしまう人がいる一方で、お腹が空かないことに悩む方もいます。
仕事や家事、育児で疲れていたり、精神的なショックを受けたとき、または仕事や友人関係、プライベートで悩みを抱えているときに、食欲がなくなることはありませんか?そのような場合、抱えている不安を解消したり、趣味に没頭して気分転換をすることで食欲が戻ることがほとんどです。
ただし、食欲不振の原因が他にある場合には、気分転換では解決しません。ここでは、食欲不振の原因や考えられる病気の可能性について解説します。お腹が空かないけど、理由がわからないとお悩みの方は、ぜひ参考にしてください。
お腹が空かない・食欲不振になる原因
食欲不振とは、食べ物を食べたくない、またはお腹が空かない状態のことです。「食べたい気持ちはあるけれど、実際に食べると少ししか食べられない」という場合も、食欲不振に含まれます。通常、長時間食事を摂らないと「お腹がすいた」と感じますが、食欲不振では、何らかの理由で「お腹がすいた」という感覚が鈍くなってしまいます。
食事の量が減ることが、食欲不振の一つの目安です。ただし、食欲がなくても無理に食べている場合には、必ずしも変化が見られないこともあります。食欲不振の程度や期間は、人それぞれです。多くの場合、一時的なもので数日以内に食欲が戻ります。数日以上続く場合は、身体や心の問題が原因かもしれません。食欲不振の原因は一つではなく、複数の要因が重なることもあります。
お腹が空く仕組み
食欲は脳の視床下部という部分で調節されています。視床下部には「摂食中枢」と「満腹中枢」という2つの部分があります。
空腹を感じるときは、体のエネルギーが減って血糖値が下がります。すると、体は脂肪を分解してエネルギーを作り出します。このとき、遊離脂肪酸という物質が増えます。これが摂食中枢に信号を送り、「お腹が空いた」と感じるのです。
逆に、食事をすると血糖値が上がります。この情報が満腹中枢に伝わり、「お腹がいっぱい」と感じます。また、脂肪細胞から出る「レプチン」というホルモンも、視床下部に働きかけて食欲を抑えます。ストレスなども食欲に影響を与えることがあります。
食欲不振になる原因となるもの
食欲不振になる原因として、以下のものがあげられます。
- 不規則な日常生活や食事の環境
- 身体機能の低下
- 身体の不調
- 過度なストレス
- 薬の副作用
- 病気による症状
これらの要因が重なった場合、食事が楽しめなくなり食欲が減ってしまうことがあります。
不規則な日常生活や食事の環境
運動不足や睡眠不足が続いた場合、自律神経のバランスが乱れ、食欲が減退することがあります。また、食事の時間がバラバラだと、体内時計が乱れて食欲が安定しません。夜遅くに食事をすると、朝までに消化する時間が足りなくなり、胃もたれや胃痛が起こりやすくなります。 さらに、お酒の飲みすぎも原因の一つです。お酒を飲みすぎると肝臓がダメージを受けて食欲が低下するだけでなく、強いお酒は胃や膵臓にも負担をかけてしまいます。 季節的な要因にも注意しましょう。特に夏場は高温多湿の環境に体が対応できず、自律神経のバランスが崩れることで食欲不振が起こりやすくなります。暑さで汗をかきやすくなり水分が不足した場合、消化機能が低下し食欲が減退します。 ホルモンバランスの乱れも食欲不振の原因です。特に女性の場合、月経前のホルモンバランスの変化により、吐き気や食欲不振が起こることがあるとされています。 食事をする場所や雰囲気も大切です。騒がしい場所、苦手な人との食事などでは食欲が減退することがあります。また、料理自体が不快な臭いだったり見た目が悪い場合には、食べる気が無くなってしまうかもしれません。
身体機能の低下
加齢や病気などが原因で身体の機能が低下した場合、お腹が空かない原因となります。たとえば、運動量が減るとエネルギーの必要量も減り、食欲が湧きにくくなります。また、味や香りを感じにくくなったり、視力が低下したり、内臓の機能が衰えたりすることも食欲不振の要因の一つです。噛む力や飲み込む力が弱くなると、食べ物を飲み込むのが難しくなり、食欲が減ることがあります。 口の中の環境が悪化すると、食べにくくなることもあります。入れ歯が合わなかったり、唾液の分泌が減ったり、口内炎や歯周病があると、食事自体がストレスになるため注意しましょう。
身体の不調
胃や腸の働きが悪くなった場合、食べ物をうまく消化したり吸収したりできません。胃が食べ物を消化しにくくなると、食べた後に胃が重いと感じたり(胃もたれ)、胸焼けがしたりするため、食べること自体が辛くなります。また、腸の動きが鈍くなった場合には、便秘や下痢が起こりやすく、お腹が張って食べる気がしなくなるかもしれません。さらに、胃や腸が過敏な場合には、吐き気や嘔吐を引き起こすことがあり、これも食欲を減退させる要因です。 体調不良も食欲不振の原因になります。発熱があると体がだるくなり、胃腸の働きも低下します。不眠や身体のどこかに痛みがある場合なども、身体にストレスを与えるため、胃腸の働きも悪くなります。これらの症状がある場合は、無理せずに体を休め、治らない場合には医師に相談しましょう。
過度なストレス
ストレスがかかると胃酸が増えて胃が痛くなりやすくなります。これも、食欲不振の要因の一つです。 緊張すると、身体の「交感神経」が活発になります。胃の血管が縮まり、胃の粘膜に十分な血液が届かないため栄養が不足してしまいます。その結果、胃の粘膜が修復されにくくなり、保護するための粘液も減ってしまうため、胃がダメージを受けやすくなるのです。 さらに、交感神経のバランスが崩れると、「副交感神経」が過剰に働き、胃酸の分泌が増えることがあります。これにより、胃の中で胃酸(攻撃因子)と粘液(防御因子)のバランスが崩れ、胃の粘膜が刺激されやすくなります。その結果、胃痛や胸焼けなどの不快な症状が現れるのです。 大阪市立大学で「心理的ストレスが食欲にどのように影響するか」調べた研究では、被験者にストレスを感じさせる状況を作り出し、その際の食欲の変化と脳の活動を測定しています。 その結果、ストレスがかかると、たとえ空腹であっても食欲が抑制されることがわかったのです。また、ストレスを感じると、食欲の制御に関わる前頭葉の活動が変化することも明らかになっています。 参考元:大阪市立大学『緊張して食欲が低下した経験ありませんか? 心理的ストレスと食欲変化のメカニズムが明らかに』
薬の副作用
薬の副作用として食欲不振が起こる場合があります。消化器系の副作用はよく見られるため、胃の不快感や吐き気などが原因で食欲が減退することがあります。 代表的な薬剤は抗がん薬(イホスファミド、エピルビシン、シクロホスファミド、シスプラチン、ダカルバジン、ドキソルビシンなど)です。血液を通じて脳に到達し、特定の受容体を刺激して吐き気を引き起こします。 麻薬(モルヒネやコデインなど)は、脳の特定の部分を刺激して吐き気を引き起こし、これが食欲不振につながることがあります。 抗うつ薬(フルボキサミンやパロキセチンなど)にも注意が必要です。消化管の特定の受容体を刺激し、腸の動きを活発にすることで吐き気を引き起こし、食欲不振を招くことがあります。 ジギタリス(ジゴキシンやメチルジゴキシンなど)は、胃腸を直接刺激するだけでなく、副交感神経を活性化して腸の動きを促進し、吐き気を引き起こします。 鉄剤も注意しましょう。胃の中で鉄が放出されることで、消化管に障害を与えます。これが原因で吐き気や食欲不振を引き起こすことがあります。
病気による症状
胃潰瘍や胃がんなど胃腸の病気は、消化機能に影響を与えるため、食欲が減退する原因となります。ただし、心不全、慢性腎臓病、慢性閉塞性肺疾患、甲状腺疾患などの消化器系以外の病気でも、食欲不振が見られることがあります。 また、風邪など感染症にかかった場合、免疫システムと脳は協力して、身体を感染症から守ります。眠くなったり、だるくなったりするのは、エネルギーを節約するために体を休める反応であるとされています。身体に細菌やウイルスが入った場合、「サイトカイン」という物質を出し、脳に影響を与えます。食欲がなくなるのも防御システムの一部で、エネルギーを使う食事を控えるためと考えられています。 うつ病や不安障害など精神的な病気でも、食欲不振が起こります。恐怖や不安、危険など強いストレスがかかると、脳の視床下部がうまく働かなくなり、「お腹が空いた」という信号が出ません。また、自律神経が乱れることで、胃の運動が低下したり、胃酸の刺激に敏感になったりするため、食事をしたくなくなることがあります。 認知症も食欲不振の原因です。食べ物を認識するのが難しくなったり、お箸やお茶碗をうまく使えなくなったりすることが原因で食欲が低下します。
お腹が空かない・食欲不振のときに疑う病気
食欲不振は、身体からのヘルプサインかもしれません。病気が潜んでいる可能性があるのです。食欲不振が起こる病気は様々ありますが、胃腸の病気が関係していることがほとんどです。ここでは、お腹が空かないときに疑う代表的な病気を紹介します。
- 慢性胃炎
- 胃潰瘍、十二指腸潰瘍
- 胃がん
慢性胃炎
慢性胃炎は、長期間にわたって胃粘膜に炎症が続いている状態のことです。胃の内側を覆う粘膜が弱くなり、胃酸を分泌する細胞が減少してしまうため、胃酸の分泌が少なくなります。この状態が続くことで胃の消化機能が低下し、さまざまな不快な症状が現れることがあります。
胃の不快感や食後の胃もたれ、腹部の膨満感、食欲不振などが主な症状です。ただし、自覚症状がないことも多いため、気づかない事もあります。症状が悪化した場合には、胸焼け、吐き気も起こることがありますが、空腹時や夜間に現れることがほとんどです。
慢性胃炎にはいくつかの種類があります。たとえば、胃の表面に軽い炎症があるものや、胃の粘膜がえぐられているもの、長期間の炎症で胃の粘膜が薄くなっているもの、逆に厚くなっているものなどがあります。
慢性胃炎の主な原因の一つは、ヘリコバクター・ピロリ菌という細菌の感染です。この菌は胃の粘膜に炎症を引き起こし、胃炎や胃潰瘍、さらには胃がんのリスクを高めることが分かっています。
胃潰瘍、十二指腸潰瘍
胃潰瘍は、胃の粘膜に傷ができる病気です。これにより、胃壁の深いレベルまでダメージが及び欠けてしまうことがあります。十二指腸にも同じような潰瘍ができることが多く、これを十二指腸潰瘍と呼び、胃潰瘍とを合わせて消化性潰瘍と呼びます。
潰瘍ができる原因は、主にピロリ菌という細菌の感染です。この細菌が慢性的な胃炎を起こし、胃の粘膜を傷つけることで潰瘍が発生します。また、消炎鎮痛薬などの薬剤も胃潰瘍の原因となることがあります。これらの薬は胃の粘膜を保護する機能を弱めてしまうために潰瘍の原因となります。
消化性潰瘍では、みぞおちから右脇腹にかけての痛みが代表的な症状です。この痛みは鈍い痛みや焼け付くような鋭い痛みなど、さまざまな形で現れます。また、潰瘍が出血している場合には、吐血や黒い便が見られるかもしれません。その他に、胸焼けや酸っぱいゲップ、吐き気、嘔吐、食欲不振、貧血などの症状も起こります。
胃がん
胃がんは、胃の内側を覆う粘膜の細胞ががん化し、無秩序に増殖することで発生します。初期段階では自覚症状がほとんどなく、進行しても症状が現れにくいことがほとんどです。
がんが進行すると、胃の壁を越えて周囲の臓器に広がることがあり、さらに進むとがん細胞がリンパ管や血管を通じて他の臓器に転移することもあります。スキルス胃がんというタイプは、胃の壁を硬く厚くしながら広がるもので、ピロリ菌感染がなくても起こってくる者で、比較的若い方に多く進行が早いのが特徴です。
症状としては、胃の痛みや不快感、胸やけ、吐き気、食欲不振などが挙げられます。また、がんからの出血により貧血や黒い便が出ることもありますが、これらの症状は胃炎や胃潰瘍でも見られるため、注意しましょう。進行すると、食事がつかえる感じや体重減少などの症状が現れることがあります。
お腹が空かない・食欲不振が治らない場合は胃カメラ検査を
食欲不振の原因はさまざまで、複数の要因が重なっている場合もあります。不規則な生活やストレス、薬の副作用、病気などが要因となることが多いです。ただし、食欲不振が長期間続く場合や、他の症状(例えば体重減少、腹痛、吐き気、嘔吐など)が伴う場合は、必ず医師に相談しましょう。慢性胃炎を長く放っておいた場合、胃潰瘍や胃がんになってしまうリスクが高まってしまいます。
胃や腸の病気が疑われる場合には、胃カメラ(内視鏡)検査がおすすめです。胃カメラ検査は、胃や十二指腸の内部を直接観察できるため、炎症、潰瘍、腫瘍などの異常を正確に診断できます。また、必要に応じて、組織の一部を採取して病理検査を行えるため、正確な診断確定が可能です。
食欲不振は、身体が異常を伝えているサインかもしれません。「お腹が空かない」「食欲不振が治らない」などの症状が続く場合、背後に大変な病気が潜んでいないか、専門医を受診して検査を受ける必要であるか相談し、何か見つかったら早めに適切な治療を受けることが大切です。